接続詞for +疑問文

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こちらの記事に書いた通り、今ハッキングの『偶然を飼いならす』を読んでいます。

基本的に原著で読んでいて、自分の読みの正しさを確かめるために翻訳版も参照しています。

翻訳版を読んでいてすごい誤訳を見つけ、もしかしたらあまり知られていない文法事項なのかもしれないと思い、この記事を書きます。

問題の英文

Farr devised an apt word for what he was doing - nosmetry, i.e. "measuring" using a nosology. The very word reminds us that new classifications and new enumerations are inseparable. It also made counting sound more scientific, for what, in those days, was more scientific than measuring? (pp.53-54)

Farrは人の名前です。最後の文が問題の英文になります。

翻訳によると

ファーは自分の仕事にぴったりの、「疾病分類測定学(疾病分類学を用いて「測定」すること)」という用語を発案した。この言葉そのものが、新しい分類法と新しい<数え上げ>の方法とが一体であることを教えてくれる。また、当時この上なく科学的だと思われた測定という行為と合体させることで、数えることに、よりいっそう科学的な響きを持たせた。(pp.77-78)

実際は

接続詞のforの存在はよく知られていますが、上の例のように、forの後に修辞疑問がよく来ることは知られていないみたいです。

つまり what, in those days, more scientific than measureing?で「この当時、測定よりも科学的なものなどあったろうか(そんなものは到底ない)」という意味になっています。

for~の意味が「というのも〜だからだ」ですから、引用箇所の最後の文を訳すとこうなります。

「これによって、数え上げがより科学的な響きを持つことになった。というのも、この当時、測定よりも科学的なものはありえようがなかったからである」

 

 

今回の記事はこの翻訳全体の質を批判する意図のもとで書かれたものでは到底ありません。ただこの箇所の訳が気になった、というだけです。当然この本全体の趣旨から考えれば、ここで指摘した箇所は微微たるものです。より広い視点で考えれば、私はむしろこの翻訳にとても助けられています。興味を持った方は翻訳の方をご覧になることで大変興味深い体験ができると思います。そのくらい面白い本です。

 

The Taming of Chance (Ideas in Context)

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偶然を飼いならす―統計学と第二次科学革命

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