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【簡単な書評3】Cognitive-Behavior Modification:An Integrative Approach (Meichenbaum, 1977)

 

Cognitive-Behavior Modification: An Integrative Approach (The Plenum Behavior Therapy Series)

Cognitive-Behavior Modification: An Integrative Approach (The Plenum Behavior Therapy Series)

 

 

ずっと前に受けた授業で「認知行動」という言葉を作った人はMeichenbaumだと精神科医の先生が言っていたので、じゃあちょっと彼の本を読んでみるかということで読みました。まとめと感想を。

 

Chapter1-3 自己教示(self-instruction)訓練について

自己教示(self-instruction)訓練は、この本では主にADHDの子どもを対象に行われ、効果が確認された心理療法です。以下のような手順で行われます。

  1. 認知的な模範を見せる:大人が大きい声で自己教示をしながら(要は独り言)、ある課題を行う。この時の独り言の内容は、自分がどのような課題を行うのか、何に気をつけなければならないのか、うまく行った時の自分に対する褒め言葉、といったものから構成されています。
  2. 外的な指示:模範を見せた大人が指示をして、子どもが同じ課題を行う。
  3. 明示的に行う自己教示:子どもが大きい声で自己教示をしながら課題を行う。
  4. 小さい声で自己教示:ささやき声で自己教示しながら課題を行う。
  5. 内言で自己教示:心の中で自己教示しながら課題をする。

このように最初は自分自身に語りかけるという形で行われる自己統制を次第に内的な過程に置き換えていこうとする心理療法です。最終的には内的なものになるという点で認知が変わっている、ということでしょう。

おそらく重要な点は次の二つ。すなわち、まず課題をうまくこなせていない時に自分が無意識にしている自己教示は何か、を子どもに気付かせること。そして、子どもを単なるセラピストによって変えられる存在として扱うのではなく、子どもも協働者として扱い、どのようなことができないのか、どのような計画で治療を進めていくのが良いかなどについて子どもと一緒に話し合うべきだとされている点です。一点目からベックの自動思考と類似した視点をマイケンバウムが持っていたということがわかります。また、二点目は、現在の認知行動療法にも通底する態度です。

Chapter4-5 学習理論への批判。認知の観点から

ここでは従来の行動療法が依拠していた学習理論に対する批判が述べられます。マイケンバウムの面白いところは、学習理論と食い違うような実験結果を紹介し、それを根拠にして学習理論を批判しているにもかかわらず、学習理論の全てを否定しないところです。

行動療法は実践としては効果があるが、なぜそのような効果があるのかについての説明が間違っていた。行動療法家が考えるのとは違って、認知が媒介変数として効いていたのである。だから認知を考慮に入れて行動療法の実践を行えば、これまでの行動療法もより効果的になる。そして、行動療法の手法を使って認知を変えることもできる。

これがマイケンバウムがこれらの章で言わんとしていることです。また、認知が媒介変数として働いているのだという考えに基づいた心理療法としてストレス免疫訓練(stress-inoculation trainingが紹介されています。

Chapter6 認知を扱う理論の中で、認知はいろいろな扱われ方をしている

認知を考慮して心理療法を行う学派間で認知をどのようなものとして考えるかが異なっている。例えば

  • エリスは認知を不合理な信念体系の一事例として考えている。
  • ベックは認知を誤った思考スタイルの一事例として考えている。
  • マイケンバウムは認知を問題解決能力の一事例として考えている。

このように認知を心理療法に組み入れる際にはいろいろな視点で認知を概念化することができる。今までセラピストたちはどのような意味での認知を組み入れるかということに頭を悩ませてきた。しかし本当に考えるべきは、認知を変えることでなぜ、どのように行動が変わるのかということである。

ここで彼は認知とは何か、は特に問題はではないとまで言っているように見えます。

Chapter7-8 行動の変化に関する理論

 認知の変化がどのような変化を生みうるのかが確認されます。いわく認知を変えることで

  • クライエントの注意の過程や評価の過程が影響を受ける。
  • 身体の生理学的な変化も生み出す。

 この章で彼が言っていることとして興味深いのは、彼が認知として内的な自分との対話を強調してきたことに由来すると思われる反論に対して、彼が応答をしている箇所です。その反論は、我々は普段は行動をする前にいちいち内的な対話をしているわけではない。むしろ我々は何も考えずに習慣によって行動していることの方が多いであろう。という反論です。これに対する彼の応答は以下のようなものになります。

うむ。確かに我々は内的な対話で行動していないことのほうが多いかもしれない。それは確かだ。しかし何か新しい行動を身につけようと思ったら、人は内的な対話をしなければならない。

つまり、彼の提示する理論は、人間がどのようなであるかに関する理論ではなく、人間はどのようにして変わるのかに関する理論だということです。

では、具体的にその理論はどのようなものなのでしょうか。以下のようなステップで行動の変化が起こります。

  1. 広義の行動(認知・生理学的変化・実際の行為を含む)をクライエントが自己観察する。そして自分の問題についてクライエントが(セラピストとの話し合いを通じて)新たな視点で見るようになる。この時自分がこの問題の形成に一役買っていることをクライエント自身が納得することが重要。
  2. 自分の問題に関する新たな概念化に従って、新たな自己教示を生み出す。そこから生まれる新たな行動は、今までの不適応な行動と食い違いものでなければならない。
  3. こうして生まれた変化について自分が産み出したものなのだという認知ができることが重要

Chapter9 行動の変化を生み出すために行う認知のアセスメント

 行動療法の枠組みである、先行刺激(antecedent)-行動(behavior)-結果(consequence)という分析の図式を心理学的な過程にも適用しようとする。これはクライエントが新たに獲得すべき行動を行う時に、どのような順番で何を考えればいいのか、そして各手続きにどのような能力が必要なのかを確かめるために行われる。

また、クライエントがうまく行動をできていない要因となっている自己対話の内容はどのようなものなのか、そしてクライエントはどのような自己対話を会得すれば望ましい行動ができるようになるのか、といったことにかんしてもクライエントとの面接の中で査定していく。

感想

彼がこの本の中でしようとしていたことは、認知療法的なアプローチと行動療法的なアプローチをうまく調和させることでした。彼は、行動療法を批判しつつ、その欠陥を補うものとして認知への注目を掲げて、この調和を達成しています。うまいというか、ある意味自然な調和のさせ方だなという印象があります。

一方で、この本の中では、認知は主に自己対話として扱われていますが、それ以外のものとしても認知が扱われていそうで、認知とは何かについてはかなりブレているなという印象があります。認知とは何かがはっきり考えられてはいないので、暗黙に認知の概念化が行われており、そのような意味での認知を使うことができない人にはこのセラピーは合わないだろうと思われました。その認知の概念がどのようなものなのか、はこれから見ていかないといけません。

日本語訳が出ていますので、興味を持たれた方はこちらも見てみてください。

 

認知行動療法―心理療法の新しい展開

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