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英語誤訳指摘3 What Is History? (Carr, 1961) / 譲歩のasと倒置

はてなブログでは主に英語誤訳指摘シリーズと書評を扱っていくことに決めました。

第1回、第2回はMaroon5のPayphoneを扱っていますので、ご興味があればご覧ください。

ai-no-coffee-rumba.hatenablog.com

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第3回は、CarrによるWhat Is History?とその翻訳を取り上げたいと思います。

こちらの本は主にロシア革命史の研究者であるCarrがケンブリッジ大学で行った6回の講義を下敷きにした本です。1961年に原本が出版され、翌年に清水幾太郎による翻訳が岩波新書から出ています。ちなみに原文はインターネット上で公開されています。

What Is History

What Is History

 
歴史とは何か (岩波新書)

歴史とは何か (岩波新書)

 

取り上げたい原文の箇所

第3章で彼は歴史学は科学なのかについて論じています。彼は基本的には歴史学は科学と同じようなものだと見なしているようです。その第3章のうち、以下の箇所を取り上げたいと思います。

I want to consider respectfully the arguments for believing that, great as are the differences between the mathematical and the natural sciences, or between different sciences within these categories, a fundamental distinction can be drawn between these sciences and history, and that this distinction makes it misleading to call history - and perhaps also the other so-called social sciences - by the name of science.

誤りと思われる箇所

次のような議論を恭々しく検討することにしましょう。この議論の信ずるところによりますと、数学と自然科学との間に、また自然科学の中でもさまざまの科学の間に大きな相違があるのと同様に、これらの科学と歴史の間にも根本的な区別が設けられる、そして、こう区別してみると、歴史ーだけでなく、恐らく、他の謂ゆる社会科学も同じであろうがーを科学という名称で呼ぶのは誤解を招くものである、というのです。

解説

誤訳の中で決定的に捉え損ねているのはasの意味だと思われます。清水による訳ではasがいわゆる様態を表すas、つまり「〜するように」を意味するものとして扱われているように見えます。果たしてこの解釈は正しいのでしょうか。

譲歩のas

接続詞のasにはさまざまな意味があり、とてもややこしいです。中でも受験生泣かせなのが、譲歩の意味を表す接続詞のasでしょう。このasは、『ロイヤル英文法改訂新版』(旺文社)によると、以下の3点で厄介です。

  1. 「形容詞 as SV」の形、もしくは「副詞 as S V」の形で使われる
  2. 「無冠詞の名詞 as SV」の形で使われることもある(この形は現代ではほぼない)
  3. この形で理由を表すこともある

例えば Young as he is で「彼は若いけれども」と「彼は若いので」という意味との二つの内容が表されうるということです。

ということで「形容詞/副詞 as ...」 という形が出し抜けに出てきたら、このasは譲歩なのかそれとも理由なのかと反応できるようになることが望ましいと言えます。

なぜas are the differencesという形になっているのか

ではその上で、原文を見てみます。今回このasが出てきている箇所をとりあげると...

great as are the differences between the mathematical and the natural sciences, or between different sciences within these categories,

 となっています。great as are the differences...となっている。

先ほど私は譲歩のasは「形容詞 as S V」の形で使われるといいました。しかしこれをみる限り明らかに「形容詞 as V S」の語順になっている。これはなぜなのでしょうか。

簡単に申しますと、Sがとても長い(between〜categories)ので、倒置をさせることで重たい要素であるSを文の後半に持ってきた結果である、ということになります。安藤貞夫は『現代英文法講義』(開拓社)の中で、asやthanの後に倒置が起こるパターンについて以下のように述べています。

[asやthanに続く節の]主語が(長い)名詞句である場合、V2現象として、主語・助動詞倒置が随意的に生じる(格式体)。主語が代名詞ならば、倒置は生じない。

✴︎[ ]内は引用者による

噛み砕いて言えば、asやthan後のSVで、Sが長い場合には、筆者が倒置したいと思った時に倒置が起こる、ということです。

この箇所を普通の語順に置くと、great as the diffrences between ... areとなります。形容詞 as S Vの形です。この形で表されうる意味は理由か譲歩のみ。したがって様態として訳している清水の訳は誤りと考えられるべきでしょう。

正しいと思われる訳は

話の流れを考えるに、このasは理由ではなく譲歩を表していると考えるべきだと思われます。ということで正しいと思われる訳は、

次のように信じることを擁護する主張について敬意を持って考えたいと思います。すなわち、数学と自然科学の間にある違いが大きいとはいえ、もしくは数学の諸分野と自然科学に属する諸科学の間の違いが大きいとはいえ、こういった科学と歴史は根本的に異なっており、そしてこの違いを加味すると、歴史を科学の名前で呼ぶことは、そしてひょっとすると他のいわゆる社会科学を科学の名前で呼ぶことも、誤解を招くような行いだ、ということです。

解説中で引用した文法書は以下のものになります。

ロイヤル英文法―徹底例解

ロイヤル英文法―徹底例解

 
現代英文法講義

現代英文法講義

 

今後も記事でとりあげる価値がありそうな誤訳を見つけたら、指摘と解説をいたします。