英語誤訳指摘4 Leviathan and the Air-Pump (Shapin & Schaffer, 1985) / It is ... that ... that...の例

 

Leviathan and the Air-Pump: Hobbes, Boyle, and the Experimental Life (Princeton Classics)

Leviathan and the Air-Pump: Hobbes, Boyle, and the Experimental Life (Princeton Classics)

 

  

リヴァイアサンと空気ポンプ―ホッブズ、ボイル、実験的生活―

リヴァイアサンと空気ポンプ―ホッブズ、ボイル、実験的生活―

 

ほれぼれするくらい訳すのが上手で、科学史だけでなく、翻訳のお手本としても勉強になる翻訳です。

 

2011年版に対する序論の中で英文解釈という観点から面白い英文があり、そこの訳については検討の余地がありそうなので、ご紹介したいと思います。

問題の原文

英文中のthis sort of writingは、科学の観察や演繹的推論に影響を与えている社会的な要因を見出すぞという方針で科学の歴史について研究すること、を指します。この方針で成果を出すのは難しいことだったようです。

The authors themselves had made several attempts at this sort of writing, and it might have been their sense that this line of inquiry had got as far as it was going to go that prompted them to consider whether "social-factors-influencing-knowledge" frame was either appropriate or constructive. 

対応する翻訳

本書の著者たち自身もそういう論考を書こうと何度か試みた。そして当時著者たちは次のように感じていたのではないかと思われる。この路線を追求してみると、結局は「知識に影響する社会的な要因」という枠組みが適切あるいは建設的なのかどうかという考察に行きついてしまうということである。

考察

and以降が問題です。it is ... that ... that...という形をしています。

it is ... that...の形でもう充分解釈が大変なのですが、今回はthatが二つあるため、とても厄介です。

とりあえず今回は「it is 名詞 that...」という形なので、この形の時にありえるパターンを列挙しますと、

  1. itは普通の代名詞で、前に出てきた名詞を指している。そしてthatは関係代名詞でit is直後の名詞を修飾している。「それは...する名詞です」
  2. itは形式主語。thatが接続詞で、名詞節を作る。この名詞節が真主語。「...ということは名詞です」この場合、it isの後に来る名詞はthe case, no wonder, paradox, pityなど限られている印象がある。
  3. 強調構文。thatは関係代名詞。「...するのは名詞です」

この3パターンになると思います。

さて、原文の一つ目のthatを見ます。この後ろには完全文が来ていますので、これは接続詞になります。

一方で二つ目のthatの後ろには不完全文が来ていますので、このthatは関係代名詞です。

したがって、先ほどの3パターンと組み合わせて考えると、

  1. のパターンなら、一つ目のthatが同格を表す。senseと同格。二つ目のthatの先行詞はsense。ということで、「それは...した...という彼らの感覚であったのかもしれない」という訳になる。
  2. のパターンなら、二つ目のthatの先行詞として適切なものがなくなる。したがって、このパターンはありえなさそう。
  3. のパターンなら、やはり一つ目のthat節がsenseとの同格になっている。訳としては「...したのは...という彼らの感覚だったかもしれない」がでてくる。

ということで1か3の路線で考えていくことになります。両者の最も大きな違いはitの役割です。もし1が正しいなら、補語としてsenseが使われるのが自然になるような名詞をitが指していないといけなくなります。このような名詞はあるでしょうか。ないです。単数の名詞としてはthis sort of writingがありますが、この補語としてsenseが用いられるのは考えづらいでしょう。

したがって3の解釈が正しいと考えられます。翻訳をみると2のパターンで行こうとしているように見えるのですが、やはり二つ目のthatの処理がうまくいっていないようです。

正しいと思われる訳

and以降だけ訳します。分かりやすさ重視で意訳します。

著者たちは当時この研究路線はすでに行けそうなところまで行ってしまったという感覚を持っていたようで、彼らが「社会的な要因が知識に影響を与える」という枠組みは適切なのかどうか、もしくは建設的なのかどうかを考えるようになったのは、この感覚がきっかけだったのかもしれない。

直訳っぽさを出すと、

著者たちに「社会的な要因が知識に影響を与えるのだ」という枠組みは適切なのかどうか、もしくは建設的なのかどうかを考えるように促したのは、この研究路線はすでに行けそうなところまで行ってしまったという彼らの感覚だったかもしれない。